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家具
2017/11/13

セミナー「PPモブラーの目指すもの」#2

ストーリー

ハンス・J・ウェグナーはもはや私たちにとって苦楽を共にした家族のような存在です」
PPモブラー3代目代表のキャスパー・H・ペダーセンは言う。
「ウェグナーは足繁く工房に通い、私の祖父兄弟と切磋琢磨しながら作品づくりに打ち込みました。
祖父兄弟の仕事を父ソーレン、そしてのちに私が受け継いだのです。
ウェグナーの娘アリアンヌも工房のデザイン管理に携わっています」


左よりキャスパー・H・ペダーセンの父ソーレン、祖父アイナーウェグナー、ウェグナーの娘アリアンヌ


左よりキャスパー・H・ペダーセン、父ソーレン、祖父アイナー

PPモブラーとウェグナーの出逢いは工房の設立当初まで遡る。
1951年にウェグナーはPP19をデザインし、今はなき家具メーカーAPストーレンが製造販売を開始した。
PP19の木製フレームの生産は、当時まだ名もなき下請け職人だったペダーセンの祖父アイナーに任された。
そしてとある日、ウェグナーは品質管理の視察でアイナーの工房を訪れた。


APストーレンによるPP19の広告

その日もアイナーは黙々と作業に没頭していた。
そしてまさにアイナーが肘掛けの裏の仕上げに取り掛かろうとしたその瞬間、ウェグナーは彼の傍らに立ち、こう言った。
「あの、そこまで丁寧にやらなくてもいいですよ、どうせ張地で隠れますし」 
ウェグナー本人はただ労いの言葉をかけたつもりだった。しかしこれが頑固なアイナーの職人魂に一気に火をつけた。
「俺の仕事の品質を管理するのは俺だ。あんたじゃない!」


工房でのウェグナーアイナーはしばしば意見を戦わせ、一切の妥協を許さなかった

大学卒業後、家具デザイナーとしてのキャリアを歩んでいたウェグナーは
手先が器用だった少年時代、故郷の家具職人に師事していた経験がある。
突然のアイナーの怒りにウェグナーは驚きつつも激しく感動し、以降アイナーに全幅の信頼を寄せるようになる。
こうしてPPモブラーとウェグナーの長い蜜月は始まった。


14歳のウェグナー(左から3人目)


少年時代のウェグナーの手先の器用さと美的感覚は特筆すべきものであった

(続く)

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